海のふた/よしもとばなな
満開の桜の下を散歩したあと、あたたかな季節の気配にわくわくして、この青とオレンジの表紙に手が伸びました。
読むのは2、3度目?
短大を卒業し、西伊豆のふるさとの町に帰ってかき氷屋を始めた主人公=まりちゃんと、ひと夏を共に過ごすことになった少女=はじめちゃん。
自然も経済も、生気を失ってしまったふるさとの町の中で、懸命に自立し、再生させようとする少女たちのささやかな闘いの物語――
友だちになったばかりの二人の会話を軸に物語は進んでいきます。
働くこと、お金のこと、自分が生まれ育った場所への思い、好きな人のこと、
宇宙のこと海のなかのこと、この世の不思議について。
アイスを食べたりジュースを飲みながら交わす気兼ねない言葉たち。
話を重ねていくうちに、相手のことを知りながら自分のことにも気づいていく。
いつかまたこんな友だちができるだろうか?とうらやましくなりました。
気が向いたらざぶんと入れる海があったり、ぷらっと温泉に行けたり、
お気に入りの木のそばで憩ったり、一日を見送るような気持ちで夕日を眺めたり、
自然と生活が馴染んでいるようすも魅力的で。
私は物心ついたころから都市部で育ってきました。
かつて暮らしていたマンションも一軒家も建て替えられ、幼いころに通った習いごとの教室があったところもファッションビルになっています。
こうしてあらためて考えてみると、私の記憶のなかの大切な場所はがらりと姿を変えてしまっている。
それなのに今の今まで気づかずにいたのは、今もずっと同じ街に住んでいて、新しい思い出が日々更新されており、街と一緒に自分も変わっているからかもしれません。
もっと時間が経ってから、外に出るようなことがあってから、せつなさで胸が痛むくらいになつかしく思い返す日がくるのでしょうか。
作中で書かれている「かき氷」のように、みんな「淡く甘く消え」ていく。
毎日は地味で同じことの繰り返しに見えたとしても、絶えず流れ、いつかは姿形を変えていく。
そのことへの謙虚な気持ちと安らぎを、よしもとさんの作品は思い出させてくれます。
今回印象に残ったのは、
解決ってほんとうに面白くて、ちょうど「これはもうだめかも」と思った頃に必ず訪れる。「絶対になんとかなるだろう」と思うことをやめず、工夫し続ければ、なんだか全然別のところからふと、ばかみたいな形でやってくるものみたいだ。/120ページ
という一文でした。
ピンときたのでメモしておこうと思います。