世界でいちばん美しい/藤谷治
ふと見かけた著者のツイッターでの発言が気になり手にとってみました。
藤谷さんの作品は、『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』『おがたQ、という女』『誰にも見えない』に続いて四作目。
雪踏文彦。
ひとは、みな、彼のことを親しみを込めて「せった君」と呼ぶ。語り手である作家・島崎哲も、親友である彼をそう呼んだ。小学校ではじめて出会い、いつもどこかぼんやりしているようだったせった君は、幼少期から音楽の英才教育を受けていた島崎が嫉妬してしまうほどの才能を持っていた。
中学、高校と違う学校に通ったふたりは、あまり頻繁に会うこともなくなったが、大きな挫折をしたばかりの島崎を、ある日、偶然、目の前に現れたせった君のことばが救ってくれる。やがて、再び意気投合したふたりは、彼がピアノを弾いている一風変わったバーで行動をともにするようになった。
音楽のことしか、ほとんど考えていないせった君だったが、やがて恋をして、彼がつくる音楽にも変化が見られ始めた。そんなある日、彼らの前に、妙な男がちらつくようになった。彼は、せった君の彼女・小海が以前、付き合っていた男だった。そして、事件は起こった。
先へ先へと読ませる力強い作品でした。
それでいてきらめくような初恋の光景や、
幼いころにちくっと刺さったまま、いまもときどきうずく苦い体験のことが、細やかに描かれています。
せった君、島崎哲、津々見勘太郎が結ぶ三角形をくるくると巡りながら、
コントラストに胸が締めつけられていきます。
誰もがなんらかの強い衝動を持っている。
それをどのように扱い、いなし、表現していくのか、
個々の手に委ねられているのだと思いました。
全編を貫く「火」の存在(「火事」「けむり」「炎」「ともしび」)は、そのまま命のことのようで。
適温であれば人をあたため、過ぎれば焼き尽くすほどの力を持つ。
めらめらと燃え盛る炎の隙間に見え隠れする登場人物たちの姿から目が離せなくなります。
印象的な使い方をされている「箱に入った木の棒」。
「千年も、ことによるとそれ以上も昔から、人から人へ、五十の者から生れたばかりの者へ、ずっと受け渡された棒」。
遥か昔から途切れることなく、いまここにいる自分まで届いた命のバトン。
私にはオーケストラの指揮者の振るタクトのように思えました。
託されたタクトでどんな音楽を奏でるのか。
それはやっぱり自分が「世界でいちばん美しい」と思える音楽を。
願わくば大切な人たちにも喜んでもらえるような曲でありますように。
そんなふうに今日も生きていきたいと思わせてくれる作品でした。